こちらあみ子 (ちくま文庫)
あみ子は他者との本質的な関わりから隔絶された世界に彼女は生きている。あみ子は「楽しい」、「明るい」ものたちに囲まれ、いつもとても幸せそうだ。作者の筆致もわざと子ども向けの小説のようなにシンプルな、穏やかなものになっている。文章で登場することばも、可愛らしくかつ極めて易しいものばかり。軽度な知的障害があり、まるで幼稚園児のような彼女に近い視点から作品世界を描いているからである。 でも彼女が幸せなのは、彼女自身が悪意や悲しみを少しも感知できないからであり、本当は彼女の人生はとてつもない悲劇で満ちている。周囲からの蔑視、母の流産、彼女が原因で鬱病になってしまった母、父親のネグレクト、その状況に耐えきれずぐれてしまった兄。家庭崩壊を引き起こす要素が十分すぎるほどに揃ってしまった彼女の家族は、最後には容赦なく崩壊し、一家は離散してしまう。家族が崩れてしまったという事実にも気がつけない彼女の世界は、変わらずそのままつづいていく。 途中で登場する少年、あみ子の興味の対象外であるから少しも彼女は覚えることができないけれど、彼のあみ子の接し方が一番適切なものだったのだろう。軽やかに対応をし、排除することもなく、彼女ただの「おもしろい子」として受け止める彼。彼の態度に読者としては少しの希望を見いだしたものの、彼女は破滅を止める可能性をもつ彼には少しも関心を抱くことがなく、「ふつうの」感覚をもった男の子に惹かれ、そしてこてんぱんに否定されるのだ。 調和が保たれたコミュニティの中に投入された異質な存在、これを受け止め、新たな調和を築くこと、それは限りなく難しいことなのではないか。わたしたちは自分の生活のスムーズさを、その快適さを、とどこおらせ、混乱させるものを嫌うものだからだ。しかし、その結果にあるのは、より大きな分断と、そして両者にとっての悲劇であることをこの作品は暗喩している。大衆を成す一員として私は、自分の生活のスムーズさを所与とすること、これに安住することに最大限の注意を払いたい。