今村 夏子
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映画『花束みたいな恋をした』に「その人は今村夏子の『ピクニック』を読んでも何も感じない人なんだよ」というセリフがあります。「一体どんな本なのだろう」と興味を持って、この短編が収録されている『こちらあみ子』を読んでみました。結果、私は第三のカテゴリ「物語を理解できない人」でした。何か不穏なことが起きているのはわかったものの、ネタバレを読むまでその意味がわかりませんでした。「ピクニック」のように、今村夏子氏の作品は自己認識が歪んでいる人の視点で人間の心の暗い部分を描き出したものが多いです。ざっくりとジャンル分けをするとサイコホラーになるのかもしれませんが、ありふれた日常を綴る柔らかな文体とのギャップが独特の世界観を生み出しています。
あみ子は他者との本質的な関わりから隔絶された世界に彼女は生きている。あみ子は「楽しい」、「明るい」ものたちに囲まれ、いつもとても幸せそうだ。作者の筆致もわざと子ども向けの小説のようなにシンプルな、穏やかなものになっている。文章で登場することばも、可愛らしくかつ極めて易しいものばかり。軽度な知的障害があり、まるで幼稚園児のような彼女に近い視点から作品世界を描いているからである。 でも彼女が幸せなのは、彼女自身が悪意や悲しみを少しも感知できないからであり、本当は彼女の人生はとてつもない悲劇で満ちている。周囲からの蔑視、母の流産、彼女が原因で鬱病になってしまった母、父親のネグレクト、その状況に耐えきれずぐれてしまった兄。家庭崩壊を引き起こす要素が十分すぎるほどに揃ってしまった彼女の家族は、最後には容赦なく崩壊し、一家は離散してしまう。家族が崩れてしまったという事実にも気がつけない彼女の世界は、変わらずそのままつづいていく。...
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