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知識量≠教養ではなく、異なる相手に対して相手の立場に立てるか、そのための考え方や接し方こそ教養であると読み取った。タイトルの通り東大教授が「考える」教養であって、「正しい」教養というものは存在しないんだろう。ただ、本書で言う「教養」は昨今流行のコミュニケーション能力ではなく、相手の立場に立つための建設的な議論、考え方や表面的な理解にとどまらない知識を教養と呼んでいるようだ。だからこそ教養⇒知識は成り立つが、知識⇒教養は成り立たないのだろうと考えた
知識量≠教養ではなく、異なる相手に対して相手の立場に立てるか、そのための考え方や接し方こそ教養であると読み取った。タイトルの通り東大教授が「考える」教養であって、「正しい」教養というものは存在しないんだろう。ただ、本書で言う「教養」は昨今流行のコミュニケーション能力ではなく、相手の立場に立つための建設的な議論、考え方や表面的な理解にとどまらない知識を教養と呼んでいるようだ。だからこそ教養⇒知識は成り立つが、知識⇒教養は成り立たないのだろうと考えた
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