四十男の孤独、時代を超えて滅びていく禁忌、罪と科学技術、愛の不在、倒錯する性愛など、社会と人生が複雑に絡み合っていて、強く引き込まれる小説だった。文明の発展が収束へとたどり着きつつあるような世相は当時の鬱屈とした雰囲気を上手く反映している。それまでの文明を支えていた価値体系が、もはや人々の生活を十分に組織できなくなった状態に、進歩か堕落かというような簡単な二項対立を超えた問いを提起していると思う。 孤独で欲求不満なブリュノの心理描写は強い女性蔑視を表しているが、その全体として、愛と性、性的競争と社会ヒエラルキーが強く結びついていることを表面的な綺麗事の解決に逃げずに描いている。
まだ『請願』を読んでいないので後味が悪い……
読書会の課題本として挙げられていた本。非常に胸に刺さるタイトルではあるけども、東大生に限った話ではなくポータブルスキルと成長、キャリアからコンサルを志向する若者とそれを選ばせる社会に目を向けさせる。見た目はキャッチーだけどもしっかり心に刺さる。
佐々木彩乃氏推薦
母校が舞台。作者は私の同級生ですか?と思うほど解像度が高くて慄いた。 高校入学時、長い不登校明けだった私からは間違いなく陰の者の香がしており、正体がバレると容赦なく虐められるか、よくても軽んじられるのではないかとの懸念から思いきり着飾り、ダンス部に入り、噂話をし、男の子とできるだけ仲良くし、かっこいいサッカー部の男の子と付き合い(※ちゃんと好きだった)、3年間の家籠り後で同級生と何を話したらいいのか皆目わからず本音とは乖離した会話を繰り広げる私は、周りから見たら一見派手かもしれないけどうっすらとした違和感を漂わせていて、結果一部の女の子たちからは直接嫌味を言われ悪意を向けられ、自分の本音も言えずどう振る舞えばいいかわからず、そんなたえまぬ努力をしてはものすごい空回りしていた昔の私を笑わずにそっと寄りそってくれるような作品。この空回りは私のぽろっと漏らした私の本音の言葉を面白がってくれた友人たちによって終わり、それもみつみちゃんたち四人組を思い出すのであった。 娘が大きくなったら読んでくれたらいいな(そしてあわよくばパパとママの学校に関心を持ってくれたらいいな)。
ケン・リュウは中国系アメリカ人って感じするけど、劉 慈欣の文章(とくにパナマ運河のところ) は強烈に現代中国を感じる
同年代の香港の子が話す、彼らが小さかった頃の香港が凄く好きだったので…まだイギリス製のおもちゃがあって、キラキラしていて、人々が「ここは一時の住まい」って思っていたような自由な時代
樽いっぱいのキラキラしているイクラをご馳走として頬張るシーンがすごい印象的だった、イクラがロシア語だとそのとき初めて知った
中禅寺夫妻がお見合いで、関口夫妻が恋愛結婚なの、まじで良い
京都に夢をみている東京人でごめんという気持ちになってくる
キャラ読みなら作家アリス派、作品読みなら学生アリス派
女子校出身者のリアル
みつみちゃんの自意識の薄さは世界を救う
飛行士でこんな洒脱な文章を書く人、結構モテたんじゃないかと思った
このレビューにはネタバレが含まれています。 クリックすると、ネタバレを含むレビューを表示します。
自分の出身高校が舞台だと知って読んでみた。校舎の雰囲気やクラスマッチなど、細かなディテールまで忠実に描かれていて、当時の記憶が蘇ってきた。 学園ものの漫画だが、魅力は主人公だけにあるわけではない。クラスの人気者も、そうでもない子も、一人ひとりが単なる「役割」としてではなく、それぞれの悩みや感情を持った人間として丁寧に描かれている。作者がすべてのキャラクターに愛情を注いでいるのが伝わってきて、読んでいるうちに自然と誰かしらに感情移入してしまう。 高校生ならではの人間関係や将来への不安、ちょっとしたすれ違いを読んでいると、胸が苦しくなる場面も多い。そして同時に、「自分もずいぶん歳をとったんだな」と実感させられる。 青春ゾンビには少々眩しすぎたので、そこだけマイナス1点。
2024年ごろ、ものすごく流行っていた時期に読んだ本。パリのどこの英語本書店に行っても平積みのかなり目立つところに置かれていて、とにかくよく見かけたのを覚えている。日本でもそろそろ刊行されたのだろうか。 出版業界を舞台に、作家の自意識や承認欲求、成功への執着をかなり露悪的に描いた小説。そこに人種やアイデンティティの問題も絡んでいて、その組み合わせがとても興味深かった。 主人公には、著者自身が作家として経験してきたことや見てきたものが、かなり反映されているのではないかと思う。とにかく自己承認欲求をめぐる競争がグロテスクで、他人の成功を妬み、自分の価値を証明しようとし、SNSや出版業界から与えられる評価に振り回され続ける。その生々しさに、読んでいて少し気分が悪くなるほどだった。 それでも次のページをめくらせる力はさすがだった。人間のあまり見たくない部分をこれでもかと見せられるのに、読むのをやめられない。『バベル』とはかなり違う小説だったけれど、もっとこの作者の本を読んでみたいと思った。
かなり長い小説で読み終えるまでに時間はかかったものの、大河小説としてとても面白く読めた。 自分自身、日本語を第一言語としながら、英語やフランス語といった母語ではない言語を使って、その言語が話される環境で生活している。その中で、どれだけ頑張っても完全には埋まらない距離を痛感することがある。この小説を読みながら、そうした自分がこれまでぼんやり感じていた「言語的な距離」についても改めて考えさせられた。 また、西洋と植民地化された側との対立、とりわけ支配された側から世界がどのように見えているのかという視点も、自分にとって非常に興味深かった。日本は近代において植民地化される側というより、むしろ植民地化する側、支配する側だった。そのためか、東南アジアやインドの友人たちと話していると、ときどき歴史や西洋に対する感覚の違いを感じることがある。...
女性の身体を持ち女性として生きてきた自分にとって、これまであまり理解できていなかったさまざまな感覚を、少し想像する手立てとなる一冊だった。 たとえば、なぜほとんど関係性ができていない相手にいきなり告白してしまうのか。あるいは「東大に入れば彼女ができる」といった、外から見るとかなり短絡的にも思える進研ゼミの漫画的発想が、なぜ本人の中では自然につながってしまうのか。本書では、そうした感覚や思考の背景を当事者たちが丁寧に説明していて、非常に面白かった。 夫も同じような感覚を持って生きてきたようで、普遍的であるかもしれない事象なのに、フェミニズムほど語られていないことが男性が直面している問題を詳らかにしているのかもしれない。 女性嫌悪やインセルといった方向にそのまま走っていってしまう人たちの感覚も、女性である自分にはこれまでかなり理解しづらいものだったが、この本は、その心理を少しだけ想像する手がかりを与えてくれたように思う。 諸悪の根源は孤立で、それに対する重要な解決策は連帯。 フェミニズムを考えるにあたって、著者の言う男性学が表裏一体にあるのだと感じた。
鈴木涼美と上野千鶴子の往復書簡。読んでいて、どちらかというと鈴木涼美のメンタルカウンセリングを上野千鶴子がしているような印象を受けた。 その中で強く感じたのは、個人の価値観や思想というものは、結局のところその人自身の経験からしか生まれ得ないという、当たり前だが厳然たる事実だった。鈴木涼美の男性に関する思想や判断は、彼女自身の多くの経験に裏付けられたものであり、私自身の価値観とはかなり異なる。ただ、どちらもそれぞれが経験してきた世界から生まれたもので、どちらかが嘘というわけではない。経験が違えば、見えている世界そのものが違う。そのような中で思想を語り、さらに「社会はどうあるべきか」を議論していくことの難しさを実感した。 個人的に最も印象に残ったのは、鈴木涼美と母親との関係だった。ちょうど自分が娘を妊娠していた時期に読んだこともあり、自分は娘とどのような関係を築いていくのだろう、と考えさせられた。私自身は母との関係がとても良好だが、賢く、自分を深く理解してくれる母親であることが、場合によっては子どもにとって一種の「呪い」にもなり得る。その可能性を鈴木涼美と母との関係から感じたことが、...
妊娠期間中に読んだ。自分の眼差しが母親になりつつあることを感じた
分断を煽らない(チームみらい)
読み始めた
良い自然小説として読んだ